2005年12月08日

現代の玩具について考える

ここ数日、通勤の電車の中などで考えるのはキャブのことばかり。
懸案となっているスパイダーのキャブを自分でオーバーホールしてみようかと画策しているのだ。
キャブ関係のサイトを放浪したり、段付き先輩に教授いただいたりでそろそろ事前の知識は集まっていると思われる。
で、通勤電車の中で分解している己をイメトレしたりしていた。

そこでふと思う。
昔は時計やラジオやくだらない機械式のおもちゃを分解したもんだなぁ・・と。
で、次に浮かんだのは現代のおもちゃ。
殆どがテレビゲームやポケットゲーム。カードゲームなんかも流行ってるのか?
いずれにしても、分解しても楽しくない。カードにいたってはバラせない(笑)
私もファミコン世代であるが、初めてファミコンをバラした時の悲しさよ・・・。緑の基盤があって小学生の私には電子パーツなど理解もできず、そのまま蓋を閉じた記憶がある。

今の子供は機械を分解するというシュチエーションにめぐり合えないのではないだろうか?
分解して、戻せなくなりそうになり、オカンにどつかれるのが恐ろしくて、死ぬ気で組み上げたりしたことがないんじゃないだろうか・・・・?

少なくとも、私はジュニアや75を乗り、自分でメンテするにあたり、構造を理解するということに主を置いてきたつもりだ。そして事前の知識はある程度必要とするものの、最終的には分解して、組みなおすということができなければ自分の物にできない気がする。

それに引き換え、最近の車はどうだろう?
何か故障といえばコンピュータ診断で部品はASSY交換。
コストや時間を考えれば合理的ではあるんだろうが・・・。

旧車愛好家が減っていく理由に、こういった幼少時代の環境という背景があるような気がした瞬間でした。
posted by なかのふ at 23:57| Comment(3) | TrackBack(0) | Column | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
商品紹介
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。